まだ空が暗いうちに、宿を出ました。向かう先はガンジス川のほとり。インドのバラナシは、ヒンドゥー教徒にとって最も神聖な街のひとつとされ、生涯に一度はこの河で沐浴することを願う人も多いといいます。
その聖地の朝を、観光客として小さなボートの上から眺める——早朝ボートツアーは、バラナシを訪れるなら外せない体験だと聞いていました。実際に乗ってみて感じたのは、「生」と「死」が隣り合わせになった街の空気でした。
01バラナシという街について
バラナシはインド北部、ウッタル・プラデーシュ州に位置する、ヒンドゥー教における最高の聖地です。ガンジス川(現地ではガンガーと呼ばれます)が街の東側を流れ、その岸辺には「ガート」と呼ばれる石造りの階段状の河岸が、数キロにわたって連なっています。
ガートの数は80以上ともいわれ、それぞれに役割があります。沐浴や礼拝のためのガート、洗濯のためのガート、そして火葬のためのガート。生活と信仰、そして死までもが、ひとつの河のほとりに同居している場所。それがバラナシという街の第一印象でした。
02早朝ボートツアーの始まり
宿の近くから歩いてガート沿いに向かうと、まだ薄暗い中、すでに多くの船頭たちが客引きをしていました。小さな手漕ぎボートに乗り込みます。船頭が一人でオールを漕ぐ、簡素なボートでした。
ボートはダシャーシュワメード・ガートの近くから静かに岸を離れます。川面はまだ夜の名残で暗く、対岸の空がわずかに白み始めていました。
03祈りと沐浴の光景
ボートが河の中央あたりまで進む頃には、空が少しずつオレンジ色に染まり始めます。岸に目をやると、すでに大勢の人々が河に入り、沐浴をしていました。手を合わせて太陽に祈りを捧げる人、河の水を汲んで体にかける人、その様子は観光というより、ごく当たり前の日常の一コマのようにも見えました。
ガートの上には、祈りのための傘(チャトリ)や、瞑想するサドゥー(修行者)の姿もあります。河面には、誰かが流したマリーゴールドの花とろうそくの小さな灯りが、ゆらゆらと漂っていました。
04火葬の煙が立ち上るガート
ボートがさらに進むと、船頭が「あれがマニカルニカー・ガートだ」と教えてくれました。バラナシで最も知られる火葬場のひとつで、昼夜を問わず煙が絶えることはないといいます。実際にその日も、ガートの一角から煙が立ち上っているのが見えました。
ここで荼毘に付されることは、ヒンドゥー教徒にとって輪廻からの解脱を意味すると信じられています。近づいての撮影は控えるのがマナーとされており、ボートの上からそっと見守ることにしました。観光地である以前に、ここは今も誰かが大切な人を見送っている、現在進行形の弔いの場だということを、強く意識させられた瞬間でした。
火葬ガートに近づいての写真・動画撮影は、多くの場所で明確に禁止されています。遺族や宗教的な儀式への敬意として、カメラを構えるのは控えましょう。船頭や周囲の案内に従うのが安全です。
05体験して感じたこと
1時間ほどのボートツアーを終えて岸に戻る頃には、すっかり日が昇り、ガート沿いは洗濯をする人、物売り、散歩をする牛でにぎやかになっていました。夜明け前の静けさとはまったく違う、生活の音に満ちたバラナシがそこにありました。
正直なところ、ボートに乗る前は「観光のひとつ」くらいの気持ちでいました。しかし実際に船上から、祈る人々と立ち上る煙を同じ視界の中に見たとき、生と死は思っていたよりずっと近くにあるのだと、静かに気づかされました。