ブリスベン・ウォーター国立公園の砂岩の岩壁に刻まれたゴスフォード・グリフ
オーストラリア

【都市伝説】ゴスフォード・グリフ ― 謎の古代エジプト象形文字を訪ねて

オーストラリアの森の奥深くに、古代エジプトの象形文字が眠っている——そんな噂を聞きつけ、確かめに行ってきました。シドニー近郊ゴスフォードの先、ブリスベン・ウォーター国立公園の砂岩の岩壁に、それはびっしりと刻まれていました。

本当に古代エジプト人がオーストラリアまで渡ってきたのか。それとも、誰かが仕組んだ壮大な悪戯なのか。その名も「ゴスフォード・グリフ(Gosford Glyphs)」、あるいは「カリオング・ヒエログリフ(Kariong Hieroglyphs)」と呼ばれるこの奇妙な岩壁を、自分の目で確かめてきました。

本記事は、現地の専門機関や研究者の見解を基にした考古学的な背景情報と、実際に歩いたルートの記録をまとめたものです。後述の通り、この象形文字については専門家から懐疑的な見方も示されていますが、真相は今もはっきりとは分かっていません。

01ゴスフォード・グリフとは何か

ゴスフォード・グリフは、シドニー近郊ゴスフォードとウォイウォイの間、カリオング(Kariong)にあるブリスベン・ウォーター国立公園内の砂岩の岩壁に刻まれた、約300点にも及ぶ象形文字の集合体です。2枚の岩壁にわたって、船、鳥、犬、フクロウ、杖を持った人物、骨のようなモチーフなどが刻まれており、中には古代エジプトの王名を囲む「カルトゥーシュ」が2つ存在します。そのひとつには、ギザの大ピラミッドを築いたことで知られる古王国時代のファラオ、クフ王(紀元前2637年頃~2614年頃)の名が読み取れるとされています。壁面の中でもひときわ目立つのが、犬の頭を持つ死者の神「アヌビス」を象った最大の彫刻です。

この岩壁が最初に公式に報告されたのは1975年。測量士のアラン・ダッシュ氏が、それ以前の7年間にわたって頻繁にこの一帯を訪れていたにもかかわらず一度も目にしたことがなかったこの文字群を発見し、記録に残しました。しかもその後、彼が訪れるたびに「新しい文字」が増えていったといいます。

ゴスフォード・グリフの岩壁に刻まれたアヌビス神の彫刻
岩壁最大の彫刻として知られる、犬の頭を持つ神アヌビスの刻印。

02語り継がれる「王子の漂流譚」

この象形文字を「本物」と信じる人々の間では、オーストラリア人のレイ・ジョンソン氏が1998年に独自に「解読した」という物語がまことしやかに語られてきました。クフ王の2人の息子、ネフェル・ジェセブとネフェル・ティ・ルゥが船団を率いて東へ8か月間航海し、見知らぬ大地——今のオーストラリア——に漂着したというのです。

物語によれば、弟のネフェル・ティ・ルゥは上陸後に毒蛇に2度噛まれて命を落としてしまいます。兄と残った船員たちは彼の遺体をミイラにし、今グリフが残るまさにこの岩と岩の隙間に埋葬した——それが、この場所に象形文字が刻まれた理由だ、という筋立てです。

クフ王の名が刻まれているとされるカルトゥーシュ
王名を囲むとされる「カルトゥーシュ」のように見える岩絵。

ロマンに溢れた物語ではありますが、学術的に裏付けられたものではありません。この「レイ・ジョンソン」氏はエジプト学の専門教育を受けた人物ではなく、同姓同名のシカゴ大学の著名なエジプト学者とたびたび混同されてきた人物だといいます。本物のエジプト学者であるそのレイ・ジョンソン氏自身も、ゴスフォードの一件には一切関与していないと明言しているそうです。次の章で、専門家たちがこの文字群をどう評価しているかを見ていきます。

03専門家たちが指摘する「不自然さ」

一方で、この象形文字に懐疑的な目を向ける専門家がいるのも事実です。マッコーリー大学のボヨ・オッキンガ准教授はABCニュースの取材に対し、文字の彫り方そのものが古代エジプトの石彫技術とは異なり「非常に無秩序(very disorganised)」であると指摘しています。また別の取材では、同じ壁面の中に何千年も時代の離れたエジプトの記号が混在している点を挙げ、「年代的に矛盾している」とも述べています。

ニューサウスウェールズ州国立公園野生生物局(NPWS)の担当者も、同取材に対し「この彫刻の存在に気づいたのは1980年代初頭で、大半はその頃に作られたと考えられている」とコメントしています。地質学的に見ても、砂岩は比較的早く風化が進む性質を持つため、近隣に現存する本物のアボリジニの岩絵(数百年単位の歴史を持つ)と比べて風化の跡が少ない点を、懐疑派は根拠のひとつとして挙げています。

年代についても、一部は1920年代、ツタンカーメン王の墓の発見で世界的に古代エジプト熱が高まった時期に、中東戦線から帰還した復員兵らの手によって彫られ、大半は1980年代初頭に加筆されたのではないか、という見方があります。実際、この文字群は発見された1975年以降も訪れるたびに新しいものが増えていたとも記録されており、少なくともひとつの時代に一度に刻まれたものではなさそうです。

とはいえ、現場で全てが解明されたわけではありません。誰が、いつ、何のためにこれほど大量の文字を岩壁に刻んだのか。その動機や経緯を完全に説明できる記録は見つかっておらず、専門家の指摘を踏まえてもなお、多くの謎が残されたままです。都市伝説として語り継がれ、多くの人を惹きつけているのは、この「解き切れなさ」ゆえなのかもしれません。

04先住民の文化財との関係

ブリスベン・ウォーター国立公園の一帯には、ゴスフォード・グリフだけでなく、本物のアボリジニの岩絵(ロック・エングレービング)も数多く残されています。こちらは正真正銘、数百年単位の歴史を持つ先住民の文化遺産です。

近年、地元の文化財保護関係者からは、話題性のあるゴスフォード・グリフばかりが注目されてしまうことで、本来この土地に根付く本物のアボリジニの文化遺産の存在や価値が見過ごされてしまうのではないか、という懸念の声が上がっています。訪れる際は、この場所がもともと先住民にとって意味を持つ土地であったことにも思いを向けたいところです。

なお2023年には、NPWSがグリフ周辺で危険と判断した岩の除去作業を行い、一部の地元住民や環境保護団体からは「過剰な対応ではないか」との批判も出ています。訪問の際は最新の立ち入り状況を公式サイト等で確認することをおすすめします。

05現地への行き方・訪問記

ゴスフォード・グリフへは、シドニー中心部のセントラル駅から「Central Coast & Newcastle Line」の電車に乗り、ゴスフォード駅まで約1時間30分。今回はゴスフォードの街に前泊し、翌朝、駅前からバスウェイズの34系統(ゴスフォードとカリオングを結ぶループ便)に乗ってカリオングへ向かいました。カリオングエリアのバス停で降り、バンバラ・ロード(Bambara Road)の入口までは徒歩で十数分ほどです。この入口には駐車スペースがあり、そこが登山道の起点です。

未舗装の道を歩いていくと、ぬかるんだ小道の先に大きな岩が点在する開けた場所が現れます。この一帯には「グランドマザー・ツリー」と呼ばれる巨大なレッドガムの木が立っており、ちょっとした目印になります。

グランドマザー・ツリーと呼ばれる巨木
目印になる巨木「グランドマザー・ツリー」。

グランドマザー・ツリーからさらに歩みを進めると、象形文字が刻まれた岩壁の基部に到着します。

船のモチーフが刻まれた岩壁
帆船のようなモチーフも見える岩壁の一角。
大きな岩が積み重なるエリア
岩が不安定に積み重なるエリア。
2枚の砂岩の間にできた狭い隙間
崩れた岩が転がる、狭く不安定な隙間。

写真のように落石の危険があるエリアがあります。2023年にはNPWSが周辺で危険と判断した岩の除去作業を行ったほどなので、不安定なエリアには近づかないようにしてください。散策の際には頭上からの落石に十分注意してください。

往復の距離はおよそ3km、ゆっくり歩いても2時間ほどで戻ってこられる手頃なブッシュウォークです。入場料は不要ですが、国立公園内のルールとして、自分で文字を彫ったり岩に触れすぎたりしないよう注意しましょう。もとはと言えば、この場所は誰かが彫り足した「落書き」の積み重ねでできあがった場所。だからこそ、これ以上は手を加えずにそっとしておきたいものです。

帰りも同じバス停から34系統に乗ってゴスフォード駅へ戻りますが、本数が少ないため時刻表は事前に確認し、余裕を持ったスケジュールで訪れるのがおすすめです。また携帯の電波が入りにくいエリアもあるため、訪問前には誰かに行き先を伝えておくと安心です。

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Written by N

秘境から定番スポットまで、世界45カ国以上を巡った旅好きライター。現地でしか分からないリアルな情報をお届けします。